TBW No.130, 2007.12.31
クリスマス
今年のクリスマスは、オーストラリアで初めてのクリスマスです。2005年に西豪州に移ったものの、最初のクリスマスは南アの家族の元に戻り、昨年はネイサンとともに日本へ行ったためです。当日は、友人一家とともに、会社の敷地内にあるコテージを借りて過ごしました。
友人一家の子供は9歳と6歳の姉弟で、まだサンタクロースを信じています。一般的に日本だと、年上の兄弟やマセた友達などから、サンタクロースの正体を聞かされてしまうことが多いと思いますが、西洋諸国では、その正体を知った後も、年下の子供たちにはそれを言わないのがエチケットのように思います。親たちも、子供たちをいかにサンタをいかに信じさせて、イベントとしていかに楽しませる(自ら楽しむ)かに腐心します。
今回、友人夫婦の依頼で、我々も一役買うことになりました。上の女の子がサンタ宛に質問状を出していましたが、その返答を拓志がまずはその紙に上書きしました。この質問状は、彼らの自宅のクリスマスツリーの下に置いてきたことになっています(出掛けに友人が持ってきた)。一家が帰宅すると、サンタからのプレゼントとともに、ツリーの下に答えが記入された質問状が残されている、という計画です。
クリスマスイブには、友人夫婦が「イーデンにサンタが来た」証拠作りをしました。我が家から隠し持ってきたプレゼントを、その昔デイリー夫妻から頂いた大きなクリスマスソックスに入れて窓枠に引っ掛け、ナッツの入ったボウルをキッチンから移動、また子供たちが寝る前に片付けたトランプを床に広げ、いかにもサンタとトナカイが、ナッツを食べつつトランプをしたかの如く工作を行いました。
翌朝は、早くに飛び起きた姉弟の、サンタが来た!という歓声で目が覚めました。友人の証拠作りが功を奏して何より。前日拓志が、「俺がサンタのイーデン地区配達人だ」と二人をからかっていましたので、私がちょっと意地悪で、「拓志が持ってきたのじゃないの?」と姉に尋ねると、「プレゼントの袋に書いてある宛名の字(るり子が書いた)が、拓志君の字じゃない」と一言。滞在中、拓志が二人にある歌の歌詞を書いてやったのですが、その字と宛名の字が全く違うと言うのです。鋭い観察眼。さて困りました。オリジナルの質問状を使うと、拓志の字と見破られる可能性があります。バックアッププランとして、別の紙にるり子が返答を書いて便箋に入れ、夫婦に手渡しておきました。26日に帰っていった友人夫婦からの電話では、この作戦はうまくいったとのことで、我々もほっとしました。
我が家の子供たちが、サンタは親だと本当に気付いたのは、2004年に日本に帰国した際のこと。その時は、名古屋のホテルで、一室に我々夫婦、子供たち二人は別の部屋に泊まっていました。イブに、我々が子供部屋に忍び込んでプレゼントを置いた時には二人ともまだ起きていて、我々が部屋から出て行く姿が鏡に映るのを見ていたそうです。当時、拓志は13歳、隼矢は10歳。拓志はかなり怪しんでいましたが、それでもまだ少しはサンタを信じており、隼矢に至ってはまだ信じていました。
それまでも、ココアを作ってそれをあたかもサンタが飲んだような工作をしたり、生のニンジンを齧ってトナカイが食べていったように見せかけたりという工作を行っていました。隼矢など、「トナカイの角を見た」なんて言っていたこともあったのですが・・。今回は親側に回って口裏を合わせた隼矢の話では、南アの10歳の過半数はまだサンタを信じているそうです。幼いと言えばそれまでですが、こういう御伽噺は、次の世代にもそのまま引き継ぎたいものです。
それから、南アで我が家の子供たちがまだ小さな頃、友人の子供たちであるお兄さん・お姉さんがよく遊んでくれて、親としてとても有難く思いました。折りしもクリスマスシーズンで、南アの友人らから、その子供たちがそれぞれ立派な大人になっているというメールが届いています。我が家の息子たちが、大きいお兄さん・お姉さんに小さい頃に遊んでもらったことを覚えているのか、今回は、我が家の二人が友人の子供の相手を5日間にわたってしてくれました。昔の社会ではそんなことは当然だったのでしょうけど。こういう世代を越えた繋がりみたいなものも、是非引き継いでいってほしいと思います。
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