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HHBN No.27, 2006.01.09

南アに戻る 2

 シュシュウェの帰り道、ぐるりと大回りをして、以前から遊びに来るよう誘ってくれていたマイク・ヒューブリー夫妻のファームに行きました。彼らは以前、二人の息子ギルバートとジェーガーの学校通いのため、我々と同じコンプレックスに住んでいました。学期中、奥さんのヒューブリーと子供たちはマリッツバーグで過ごし、週末は彼らがファームに帰ったり、マイクがマリッツバーグに来たりしています。ギルバートは、今年から拓志と同じヒルトンカレッジに進学しますので、これからは三方に分かれての生活になります。

 彼らのファームは、マリッツバーグからヨハネスに向かって170~180kmのレディースミスから、更に1時間ほど入ったところにあり、肉牛を肥育しています。日本とは違って基本的には牧草地で放し飼い。牧畜は、今まで触れることのない世界でしたが、私もオーストラリアに来てから、会社のマネージャーが牧羊農家(ALBUM「Shearing」参照)であることもあって、少し話についていけます。マイクは、ホルモン剤などは一切使わず、また餌も出来るだけ牧草だけで育てるという、極力人為的な手を掛けずに美味しい肉を提供するようにしているそうで、繁殖なども自家で行っています。夏の間は、標高が1800mほどあるファーム内の高地(かれらの自宅の標高も1200mくらいはあると思います)に牛を追い上げ、冬は逆に標高の低いエリアに移し、また牛の健康などは、マネージャーらが毎日のようにチェック。従業員は、10名強だそうですので、思ったより少ないように思いました。

 ヒューブリーのご両親の時代、今から三十年ほど前までは、レディースミスとハリスミス間を、羊を追って毎年往復していたそうです。その距離100km以上。3日くらいかけて数千頭の羊とともに移動するのです。マリッツバーグやレディースミスのあるKZN州と、ハリスミスのあるオレンジ自由州との間には、ファンリーネン峠があり、今はダーバンとヨハネスをつなぐN3高速道路が通っていますが、高速道路のすぐ脇に、今で牧畜移動用の小道が延々と付いているそうです。途中、一箇所道路を横切る必要があるそうですので、交通量が多い現在となってはこの小道を使うのは事実上困難で、また効率の点からもトラックでピストン輸送するそうですが、つい最近まで、そんなことが行われていたというだけでもすごいですね。

 夕食は、ファームで肥育したビーフのロースト。普段、ビルトンを作るのに使うという、フィレの傍の特別な部分をきちんと熟成させた肉で、肉自体に香ばしい風味があって素晴らしいことこの上ありません。一般に、牧草で育てた牛は臭みがあるといいますが、それも処理の仕方を丁寧にやるかどうかで全く変わってしまうのでしょう。また、翌朝の朝食は、とうもろこしの粉を練って作るプトゥ(仄かに甘い)、ファームに自生する木の実で作った自家製や友人が作ったという手作りジャム、朝絞ったばかりの牛乳、その牛乳で作った自家製バター等々。元々、健康・食事に関して、南ア人にしてはよく気を付けているヒューブリーならでは、とも言えますが、美味しいだけでなく、身体全体の細胞が刷新されるような気がしました。

 上記の通り、ギルバートは今年からヒルトンに進学しますが、彼らからも、短期の休みなどはいつでも拓志を受け入れるよ、と言われています。これまでの友人、学校関係者など、社交辞令でなく拓志をいつでも預かるよ、という人々が多くいます。彼らには迷惑をかけることになりますが、そういう点でも、安心して彼を南アに残すことができます。

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