TBW No.343, 2012.01.30

小ネタ二題

 まずは、時事速報に興味深い記事があったのでご紹介(1月27日。一部抜粋)。
 ヘラルド・サンが27日、専門家の見方として伝えたところによると、木曜のオーストラリア・デー(祝)と週末の谷間の平日となったこの日、全国で171千人以上の労働者が「病欠」し、4連休を取ったもようだ。雇用主にとっては出勤した従業員への残業手当などで6500万豪ドルのコスト増となる見通しで、コールセンターや旅行、製造業が最も大きな影響を受けたとみられている。専門家は多くの「病欠者」はうそがばれないよう上司に電話で説明するのではなく、携帯メールで病欠を連絡したことだろうとしている。

 一方、シドニー・モーニング・ヘラルド紙によると、豪州の最低賃金は時給15.51豪ドル(9%の雇用者年金拠出負担は含まず)に対し、英国は9豪ドル、米国は7豪ドル、東京は10.16豪ドル。豪ドル高が押し上げた側面はあるものの豪州の労働者は先進国の中で最も賃金が高い部類に入っている。豪投資信託会社の幹部は同紙に対し、「近年、(豪州の)生産性の伸びが改善しているどころか、落ちているのは明らかだ」と指摘。労働市場の柔軟性を高めることで、生産性を改善することができると述べている。

 豪州の就労者数は、ざっと言って1100万人程度ですから、その1.5%がずる休みしたことになります。しかし、この数字はどうやって予想したのでしょう。もちろん、きちんと有給休暇を取っている人たちも多数います。うちの会社も、指定休(労働協約の関係で4週に1回金曜が休み)を1週ずらして27日を休みにしました。また、記事後半の最低賃金の話も、世界相手に商売している我々にとっては頭の痛いところ。加えて労働組合がとても強い国ですから、イライラすることが多々あります。

 さて我が家では、97年に最初の南ア駐在から帰国後、毎年海外の友人・知り合い向けに、ニュースレターを書いています。南ア駐在時に英語を習っていたカナマ家が、毎年クリスマスレターを出しており、それに倣って出すようになりました(このHPにもアップしています)。今年は、何箇所かから例年とは違う反応がありました。「英語が良くなった」と褒められたのです。

 今までは、その場その時で、会社の人・英会話の先生などのネイティブの人に校正してもらっていました。イーデンに移ってから毎年校正を依頼していたのは、渉外マネージャーのヴィンス。彼は筆をあまり入れず、なるべく元の文章を生かすように直してくれました。今回校正したのは拓志と隼矢。拓志が、ヴィンスのようになるべく私の英語を生かすように校正した後、隼矢がブラッシュアップしました。二人いわく、C-の文章をBくらいにした、そうです。ヴィンスが直す箇所は少ないので、英文を書くのが少しは上手になったのかと思っていましたが、私の錯覚だったようです。彼は、C-をCくらいにしか直していなかったのでしょう。

 彼らは一様に、「お父さんの文章は、日本語で考えて英語に訳したのがよく分かる」と言います。それは彼らも、時々、「間違っちゃいないが普通はそうは言わない」、直訳的な日本語になっているからお互い様ですね。

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TBW No.342, 2012.01.23

出張する

 先週の水曜から金曜にかけ、工場長・林業部長(二人ともピーターのため、前者をP1、後者をP2と書く)とメルボルンに出張しました。折しも、メルボルンはテニスの全豪オープン真っ最中で、ホテルの確保が大変。結局、街外れの、大きな通りの交差点に面する安いアパートメント型ホテルに泊まることになりました。

 その交差点は、更に市電の線路も東西・南北両方向に走っていて、直交だけでなく、右左折もする複雑な交差点になっています。夜寝る前は、市電が行き交う様子を写真に撮ったりして楽しんでいましたが、朝5時前から市電が動き出すのは勘定外。市電が右左折するたびに、チンチンとベルを鳴らすため、その都度目が覚めます。加えて、水曜には工場でトラブルがあったため、P2が夜遅くまで電話に掛かりきり。P1はそれにイラつくのか、私の枕元に位置するトイレのドアをバンと閉めたりして休めません。

 二日目の夕食は、以前入ったことのある中華料理屋に行きました。中の上か、上の下というレベルでしょうか。「それぞれメインを1品ずつ(をシェアし)と、焼きそばでも頼むか」と話したところ、P1は、「いや、それほど腹も減ってないから、俺はメインの代わりに海老焼きそばを注文する」と言います。私は、P2の注文を聞いてから野菜料理か肉料理かを決めようとP2を促したところ、「じゃ、僕はミックス焼きそば」。それはおかしいだろう? と言おうかとも一瞬思いましたが、もしかしたら、P1も自分のためだけに焼きそばを注文したのか?と迷い、私はワンタン麺を注文しました。P2はメルボルン在住が長かったため、ある程度中華料理(の注文)に慣れているのでは(その上であえて焼きそばを注文した)?と思い判断が揺らぎました。

 それぞれ注文した麺をもそもそ食べて早々に出ましたが、P1はまだ足りないと言って菓子を買い食いし、面と向かって言わずとも今一つ不満だった様子。以前P1と二人で中華に行った際には、「よく知らないから」と注文は全て私にお任せでした。彼は彼で、自分が中華に慣れていないため、P2と私の注文に文句を唱えづらく、私もP1・P2それぞれに気を遣い中途半端な注文になりました。私が、P2の注文の真意を確かめればいいだけの話だったのですけど。

 その後、大スクリーンが据え付けてあるフリンダース駅裏の広場でテニス観戦しましたが、肌寒くて、屋外レストランではストーブが点けられていたほど。1セット見ただけで歩いて帰ることにしました。途中通った盛り場で、前から来た酔っ払いの女性が我々の30mほど前方で倒れ、バラバラと所有物を落としましたが、それを拾いもせず行ってしまいました。我々が鍵だの手帳だのを拾い、彼女を追いかけましたが、もうどこにもいません。

 さてどうする? 私は近くにいた警察に渡したらどうだと提案しましたが、二人とも「警察はそんなことにはかまってくれない」と却下。豪州では、落し物は警察へではないのです。物を拾って女性を追いかけたのはP2。彼は、普段から世話好きで人(や動物)が困っているとつい助けたくなるタイプ。一方P1は典型的豪州人というか、頼まれてもいない手助け(それも知らない人の)をわざわざする人間ではありません。P2が落し物を持ち帰ることにしましたが、P1は、「次に歩いてきた中国人に渡しちゃえよ」などといい加減なことを言います。結局、所持品から持ち主と連絡が取れ、無事返却できました(彼女が突如消えたのは、彼女のアパートが問題の場所のすぐ近くで、そこに入ったためでした)。

 P1・P2とも普段仕事の際には密に話をしていますが、今までになかった合宿的出張で、三者間に微妙な距離感があることを再認識しました(だからといって、三者の関係が悪くなったわけではない)。また自分の英語力の限界も。ずーと英語でいると、ぼこっぼこっと抜けている時間が出て来てしまいます。息子たちのように、全く関係のない学生同士、それも英語100%の世界で暮さねばならない寮生活は、対人能力や英語力を磨く場としてはこれに勝るものはないでしょうが、やっぱり大変です。

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TBW No.341, 2012.01.16

親知らず

 この夏休み中に、息子達二人ともが親知らずを抜きました。二人とも4本同時にです。年に1回、歯医者で検査してもらいますが、二人とも親知らずが歯列に影響を与え始めているとのことで、2011年中の懸案事項になっていました。

 まずは隼矢。11月初めにHSCが終わると同時にキャンベラで抜きました。彼の場合は、鎮静剤を点滴し意識のない状態(全身麻酔とは違うらしい)で手術を受け、4本抜くのに1時間もかかりませんでした。回復室にいる間にジュースも飲んだのですが、本人は全く記憶がないそうです。その後、るり子の運転でイーデンに。麻酔から覚める段階で嘔吐する可能性もあるとのことで、バケツ持参でしたが、それを使うこともなく帰ってきました。
 
 イーデン到着の頃には意識もはっきりし、顔の腫れもほとんどなく、普段とほとんど変わらない状態。翌日から数日間、幾分頬が腫れ、食事も冷たく柔らかいものから少しずつ増やすという不便(お腹が減るのは、彼にはとても辛い!)はあったものの、寝込んでしまうというようなことはありませんでした。

 そして拓志。できれば日本滞在中にやってしまおうと、るり子が一時帰国前から、昨年検査してもらった実家近くの歯科医に連絡しましたが、歯切れが悪く、「一度見てから」ばかり。仕方なく、拓志帰国後まずはその歯科医に。そこでは4本一気抜きはできないので総合病院に行って欲しいと言われました。その予約を取り診察を受けたところ、3泊4日の入院が必要と言われ、あえなく時間切れ終了。そんなことなら電話で質問した際にも分かっていたはずなのに。この他にも、歯科医で撮ったレントゲン写真を総合病院に転送してもらえないなど、医者・病院間の横のつながり、情報交換がうまく行っていないと感じたようです。

 実はそんなこともあろうかと、るり子はこちらでもバックアップの予約を入れており、15日(日)に手術となりました。日曜日に? 僻地ですから、普通の治療は地元の歯科医がやってくれますが、ちょっとした手術となると大都市から来る専門医に頼むことになります。拓志に施術したのもそんな先生の一人。ウィークデイはシドニーで働き、週末にドサ回りしているのです。

 その拓志は、朝9時の予約で12時になっても帰宅しません。普段は拓志に憎まれ口ばかり叩いている隼矢も心配になってきたのか、「電話したら?」と言いだした頃にやっと帰ってきました。彼は部分麻酔でしたが、右側がうまくかからずしばらく休養したり、吸引機がうまく稼働しなかったりと、結局1時間半くらいかかったそうです。

 帰宅時には、麻酔の影響か、本人いわく「アドレナリンが出まくって」ハイパーアクティブな状態でしたが、ベッドでDVDを見つつ休んでいたら徐々に元に戻りました。翌日には、右側が腫れあがりましたが、鎮痛剤を服用しているためか痛みはそれほどないそうで、柔らかくした麺類などを食べ始めています。

 外国では親知らずを一挙に全部抜くのは普通だが、日本人には体力的にきつい、とはよく聞く話。が、うちの息子達は割にけろっとしています。3泊4日って本当に必要なのでしょうか? 諸外国では、出産も当日+2・3日入院が普通(日本で手術となると、検査段階からの入院もありますね)。それだけを比較して、日本の病院のベッド数不足、医師・看護師の長時間勤務などの問題が解消できるほど単純な話ではないでしょうが、少しずつでも病院滞留時間を詰めることで改善される点は多いと思います。

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TBW No.340, 2012.01.09

PCとスマホ

 過去2年、出張に持ち歩いていた小型PCが故障し、今回はPCなしで出張に出掛けました。日本で会社用に新しいPCを買う予定でしたし、スマートフォンもありますので、差し当たりは対応できるかとも考えていました。

 PCは、名古屋のビックカメラで、大晦日特価商品を狙い買いました。2011秋冬モデルで店頭価格136,000円だかのものが、特価+値引き+免税(海外持ち出しのため)で半額以下。決めるのに10分。それから在庫確認、ポイントに代わる値引き交渉、免税手続きなどで1時間以上かかりましたが、それを粘り強く待つだけの価値はありました。しかし、最新モデルでもこうも安いとなると、PCメーカーは厳しいでしょうね(人ごとではありませんが)。名古屋で拓志と泊まったホテルも、2部屋×5泊で37,000円。年末年始で宿泊客が少なく、連泊だからということもあるでしょうが、1人1泊3,700円でどうやってやり繰りできるのでしょう?

 買ったPCは、通関時に開封していない方がいいかと思い、中部空港までは未開封で持っていきましたが、その必要はないようです。持ち運びよくするために台湾到着後に開封しましたが、変にいじくって豪州に帰ってから使えないのも困るので、結局電源を入れることもなし。頼みのスマートフォンも、画面が小さいためメールが打ち難くい上に、添付ファイルが開けず(豪州の国営電話会社=Telstraの陰謀に違いない)、思ったほど使えません。結局、台湾ではほとんどメールやウェブサイトをチェックしない状態に。先週書いた通り、台湾入りした日は私の誕生日。Facebook経由で多くのメッセージが入っていましたが、豪州に戻るまでそれに気付かず、不義理をしてしまいました。

 スマートフォンといえば、台湾のスマートフォン普及率は日本よりずっと高いようです。タクシーの運転手などもそうでしたし、仕事関係の人々はほとんどがiPhoneなどスマートフォンを持っている状況(でも、街中歩きながら使っている連中は多くない)。私ももう少し出歩くことが多くてスマートフォンに慣れれば、使い易くなるのかもしれません。

 で、豪州に帰ってきたら、家のインターネットが絶不調。サクサクつながることもあるのですが、全般的にものすごく調子が悪く、Yahooの初期画面が立ち上がらないほど。どうもTelstra回線を利用したブロードバンドはいいようですが、うちのような第三者プロバイダーや、Telstraでもモバイル回線は全然ダメ。クイーンズランドに旅行した同僚も、シドニーやケアンズでTelstraのモバイル回線が異常に遅かった、と言っていましたので、イーデンだけのことではないようです(が、一番の理由は、観光客がこの辺りに大挙押し掛けてきているため、回線容量が一杯一杯になっているのではないかと思っている)。会社のIT担当に尋ねても、理由は分からん、とつれなく(会社はつながる)、帰宅後は、細々とスマートフォンを頼っている状態が続いています。

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TBW No.339, 2012.01.03

誕生日

 半世紀の誕生日は、名古屋の実家から台湾への出張当日。中部空港9:50発のJAL便に乗るために、朝早くに送ってもらった弟に、おめでとうと一言言われたのみで台湾に向かいました。30歳の誕生日は南ア単身赴任中で、クリスマス休暇で誰もいない工場で、一人で仕事をしていたことを思い出します。

 JL821便は、予定通り台北桃園空港に到着。他の乗客に続いて降りようとすると、出口付近に立っていたチーフパーサーが、「江口様ですか?」と声を掛けてきました。中部空港で、帰りのシドニー乗り継ぎ手続きに関して質問していたので、その連絡かと思ったのですが、「誕生日おめでとうございます」、と。予期していなかったので、思わずニヤけてしまいました。
 
 そして、台北の定宿にチェックイン。今までは、レセプションに日本人の担当者がいたことはなかったのですが、今回は日本人女性が応対してくれました。手渡された宿泊者カードには、既に住所氏名に加え誕生日が印刷されていますし、法規に従いパスポートのコピーも取られますが、当然そこにも誕生日は記載されています。担当者がそれに気付かないはずはない(と勝手に思う)のに何もなし。別に「おめでとう」と言って欲しいわけではありませんけど。

 部屋に落ち着いてしばらくすると、ノックの音。ドアを開けると、ウェイトレスが「Happy Birthday」と描かれた大きなケーキを持って入ってきました。サプライズです。とは言え、2泊の間に食べるにはケーキはちょっと大き過ぎます。再度レセプションに降り、ケーキを入れる箱を用意してもらうついでに、先ほどの女性に謝意を述べました。もちろん、彼女は分かっていて誕生日のことに触れなかったのですね。それがサービスの一環だとしても、予期せぬ時に、祝いの言葉は嬉しいもの。JALの小西さん、リージェントホテルのサトコさん、ありがとう。

 そのケーキは、夕方会う約束をしていた友人カップルへの土産として持参。結局彼らと夕食を一緒にすることになりましたので、「理由は後で言うが、是非とも今晩は支払わせて欲しい」と申し出ました。何度かどちらが支払うかで押し問答の末、「そういえば、あのケーキは何だ? ホテルの箱に入っていたところを見ると、お前の誕生日なんだろう?」と指摘され、それまでのらりくらりと理由を言わずにいたのですが、つい頬が緩んで降参。結局、彼らが夕食代を出してくれて、誕生日パーティになりました。彼らとも家族ぐるみの付き合い。やはり、心から祝ってくれる人がいるのは、何より嬉しいですね。

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TBW No.338, 2011.12.27

ヤンチャ

 23日金曜日に帰国し、26日は本社で仕事。27日は午前に得意先回りをした後、午後からは休暇モードに入りました。るり子と隼矢は私に先駆け帰国し、拓志も南アから直接るり子の実家入り。私が最後に合流したわけです。

 その27日は、得意先の玄関前で、以前一緒に仕事をした商社員とバッタリ再会。得意先訪問後は、別の商社員と情報交換をし、伊東屋とビックカメラで買い物。ビックカメラの地下にある小洞天でタンタンメンを食べ、午後には、大学の同級生で仕事仲間でもあったWに会いました。更に夕方には新橋で別のミーティング。合間を縫って天賞堂とカツミ模型で鉄道模型を憧憬し、八重洲のホテルにとって返して荷物をピックアップ後、ユニクロでチノパン購入、和幸でトンカツを食べ帰宅しました。東京に住んでいれば、もっと忙しいこともあるでしょうが、(仕事は別として)普段事務所との往復以外にはほとんどイベントのない私には、まことにエキサイティングな一日でありました。

 話をWに戻します。以前から、家族どうしで食事をしに行った際などに、当時はまだ小学校の中学年~低学年だった我が家の息子達を見ながら、「同時期に海外駐在していた他社駐在員(仮にAさんとします)の、サッカー好きな息子達の話」を何度かしてくれました。最近は逆になってしまいましたが、小さい頃は、拓志はどちらかというと四角四面、隼矢の方がハジケていました。Aさんご一家も、長男は大人しく次男はヤンチャで、うちの息子達を見るとA家を思い出すようでした。

 隼矢が高校でラグビーをやっているという話から、「そういえば、昔A家の兄弟の話したの覚えているか?」とWに尋ねられました。もちろん、と答えたところ、A家のご次男は現在Jリーグのトップチームに属し、日本代表レベルの選手になっているとのこと。当時Wは、「技術自体は長男の方がうまいが、次男は精神的な部分も含めサッカーそのものを身に付けている」という説明してくれたことを思い出します。

 W家では、A家のご次男と隼矢に加え、別の知人(仮にB家)の息子を加えた3人を称して、三大ヤンチャもんと呼んでいた(いる)そうです。我が家もB家と付き合いがあり、そのヤンチャ君もよく知っています。彼はまだ小学生ですが、由緒正しいガキンチョでハジケ具合が最高!。将来がちょっと楽しみです。

 隼矢の突飛な行動に、ドキッとしたりハラハラしたこともありましたが、それが逆に楽しみでもありました。たぶんA家・B家のご両親も同じように思っていることでしょうが、部外者から見ると別。親としては、その辺りに気を遣わねばならないところが、また日本人たる所以でもあるわけです。ヤンチャもん三人とも、いずれも幼少期を海外で過ごしていて(別々の国です)、かつ各家の2人目の子供という共通点があります。本人も親も、海外でノビノビと生活していて、2人目の子供ということで親にも余裕があったことが、ヤンチャもん生成に関係しているのかもしれません。

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TBW No.337, 2011.12.19

軽作業

 産業といえば、鉱業・農業といった一次産業中心のオーストラリア。工業らしい工業というと、自動車くらい。化学・製鉄などの工場もないわけではありませんが、世界的な標準でいえば国の規模の割に工業は少ない状況です。ちなみに、その自動車産業も、三菱が2年ほど前に撤退しており、GM系のホールデン、フォード、トヨタの3社だけ。国として二次産業に重きを置いていないようで、最近もキンバリークラークが国で唯一の家庭紙工場を廃止しました。

 輸出は、石炭・鉄鉱石を中心とした資源と、農産品が中心です。あとは、輸出産業なのかという疑問もありますが、教育(留学生受入)と観光など第三次産業があるばかりで、大規模な工業製品の輸出はほとんどありません。ま、だからこそ豪州の景気は他国に比べてそれほど悪くないとも言えますけど(ここ2ヶ月連続して公定歩合が下がり、減速気味ながら)。主力の輸出商品が、資源高により豪ドル高を相殺していますし、豪ドル高だからどんどん工業製品なり何なりを輸入すればいいわけですから。逆に我々のように、原料を国内で調達し製品を輸出する産業、特に米ドル国際市況ベースの産業は、そんなにのんびりしていられません。

 余談ながら、「2010年の賃金上昇率は4%、資源産業は6%(11/29 Australian)」、「上場300社社長の報酬増加率は、平均4%(11/23 AFR)」と、労使とも4%賃金上昇する中、「今年7-9月期の労働生産性は0.3%上昇と、2005年第3Qtrを除き1996年以来最低(サービスは6.3%上昇ながら、鉱業▲2.5%、農林水産業▲13.5%。12/12 AFR)」とのこと。最後の記事によると、過去5年間では、16業種中10種の労働生産性は上昇(最高は、情報・メディア・通信で33.8%上昇)したが、鉱業は27.9%低下したそうです。豪州の牽引力は鉱業。その鉱業は人不足で、他産業よりも人件費上昇が激しいのに、生産性はガタ落ち。鉱業だけでなく、この国を維持するためにも、人件費上昇を抑えるか労働生産性を上げる必要があります。

 話を戻して。グローバルな状況とやや異なる経済を営むこの国の人々・労働者は、それほど危機感を持っていないようです。元々労働組合が強いこの国ですが、先月のカンタス航空の全便運航停止も、元はといえば、アジアのLCCなどがガンガン入って来て厳しい国際競争に曝される航空業界で、労働組合がその危機感を分かち合わず、自らの要求ばかり言い立てていたことが原因とも言えます。カンタスの一件後も労使対立のニュースは毎日のように流れていて、一般論として、どの産業でも5%以上×3年(15%)以上の賃上げを要求しています。

 最近聞いた、労働者といっても女性事務員の話。50歳前後の彼女は、長年の事務(本当かな? 電卓・PCのキーボードを打つ程度で、持つといえばファイルか受話器くらい)で肩の関節に骨片ができ、痛みに耐えられなくなったため手術を受けました。もちろん労災を申請。手術ですからある程度の静養期間は必要とはいえ、1ヶ月経ってもまだ痛いと労災休暇を取っていました。会社もずるずる休まれても困るので出勤するよう促したところ、「軽作業ならやれるかも」との返答。で、与えられた仕事は、顧客がタッチスクリーンでトラブった時に助ける係。それなら反対の腕でもできますし、問題なければ座っているだけですから。極め付けは、それを1日3時間ずつだそうです(労働基準局係員立会いの下決定)。信じられないでしょう?

 賃上げ抑制もさることながら、この国で労働生産性を向上するのは、簡単ではありません。

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TBW No.336, 2011.12.12

近況報告

 12月に入り、こちらは既に半分クリスマスになったかのようです。学校も先週で学期末を迎えましたので、これからはイーデンでも休暇を過ごす人々が増えることでしょう。

 拓志も、11月で期末試験が終わり、ケープタウン方面に旅行に行ったり、プレトリアで行われるクリケットの大学対抗戦に出場するネイサンの応援に行ったりしているようです。小学校以来の同級生(二人は「兄弟」と言っているらしい)ネイサンは、今年からステレンボッシュ大学に通っていて、既に大学代表メンバーに選ばれています。さすがですね。

 拓志は、大学入学以来2年間住んでいたアパートを、先週いっぱいで出て、高校の同級生で、昨年ワールドカップ観戦に駆け回ったクリスの家に移りました。クリスは、父上が半分投資目的で購入した一軒家に住んでいて、その一室を間借りするわけです。安全面などからすると、今までのアパートに住み続けてもらう方が安心ですが、これも経験ですから。最低限必要なベッドだけは購入し、今は引っ越しの後片付けをしているようです。

 隼矢は、先々週のフォーマル以外ほとんど家に根付いています。週に何回かジョギングには行っていますが、ラグビーがないなら敢えてウェイトトレーニングもしないとジムにもいきません。ま、イーデンのジムに昼間行くと、体重超過のおばちゃんたちばかりだそうですし、彼はイーデンには友達もいませんので仕方ありません。先日、休みの間に本を読んでおいたらどうか、と私の父に言われ、その日は何か読んでいたようですが・・。
 今週水曜日に、大学入学資格試験(HSC)の結果が出ます。一発で希望した大学・学部に受かればいいのですけど。

 るリ子は、隼矢の食事作りに忙殺されています。私と二人だと、朝は私は勝手に食べて出ますし、昼は社食、夕食は軽め少なめですからあまり料理をすることもありません。しかし、子供たちがいると別。朝もしっかりご飯、昼前には「昼ごはんは何?」と出てきますし、夕方も同じ。とにかく、さっき作ったのに、もう次? という感じのようです。その結果、自分のトレーニングやダンベル体操も十分にできず、また庭仕事の時間も少なくなりがち。

 ただ、子供たちが半分巣立ってしまっている現在、彼ら(今は隼矢のみですが)と一緒に時間を過ごせるのはとても楽しいようで、一緒になってはしゃいでいます。隼矢も、18近くにもなって、母親と一緒になってはしゃぐのはどうなんだ?という感じもしますけど。母親にしても、子供たちにしても、いつまでもできることではないですからね。

 手続きやらなんやらで、12月中は日本に滞在しますが、今回はるり子・隼矢の第1班と、拓志・私の第2班に分かれて行く予定です。もし拓志が日本で就職するとなると、来年の今頃は就職活動しなければならないかもしれませんねぇ。ちょっと信じられません。幾分日本人から逸脱しつつある息子たちには、定期的に日本に帰ってもらい、そのいいところも悪いところも知っておいて欲しいと思います。特に、今年は3月大地震によって、日本の雰囲気が変わったとよく聞きますので、その辺りはきちんと感じてきてほしいと思います。できればボランティアにでも参加するといいのでしょうが、そこまで時間はないかな。

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TBW No.335, 2011.12.05

フォーマル

 斧を使って丸太を断ち切る競技をWood Choppingといいます。隼矢の同級生のお母さんと話していて、あなたの仕事は?と尋ねられ、Wood Chippingの会社で働いている、と答えたところ、「それはまた、随分な肉体労働をしているのね」と言われ目が点に。一緒にいた、別の学生の父親が、「彼自身が、木を切っているわけではないよ。彼は事務所で座っているだけだ」と大笑いながらフォローしてくれました。Wood Choppingに出てくる選手は、身長190cm、体重120kgなんて連中ばかりで、私のようなのは一人もいませんや。

 さて、隼矢のフォーマル。高校最後の行事です。2週間ほど前から、貸衣装屋でスーツを手配し、シャツは私が結婚式の際着たもの(もう20年以上も前の!)、ネクタイは拓志が一昨年の私の誕生日に買ってくれたもの、という新旧取り混ぜた装いで、まずはプリドリンク会場のコーポー君の家に向かいました。プリドリンクには親も招待されています。2年前のフォーマルの際は、私には知り合いはほとんどおらず、ちょっと居心地の悪い思いもしましたが、今年一年ラグビーの裏方などを通して顔見知りも随分増えましたので、こういう場に行くことも楽しみとなりました。これも隼矢がラグビーで頑張ってくれたお蔭です。

 隼矢に、デイト(パートナー)のジョージーナさんをそこで紹介してもらい、6時過ぎから各カップルは順次会場に向かいました。車は各自が手配し、新旧のスポーツカー、クラシックカーなどもありましたが、親や友人の車というカップルも結構いました。隼矢は、ラグビーの後輩タートゥ君(豪州では16歳で免許取得可)の車で、ドンツクドンツクと低音を強調した音楽とともに出ていきました。その様子を見てから、我々は会場の旧国会議事堂に先回りします。

 我々が着いた頃には、出席者の半分くらいはもう来ていて、正面の広い階段に上から順に並んでいました。付近には、親たちだけでなく、普段着の女学生らしき人々もたくさんいて、知り合いのカップルが到着すると、キャーと叫んだり、名前を呼んだり。まるで小型版の映画祭プレミアのようでした。全カップルが揃ったところで、しばらく写真撮影の時間を取り、その後出席者は会場に消えていきました。

 余談ながら、るり子は会場が旧国会議事堂という点がミソと言います。若いうちから、きちんとした場所に出入りし場馴れするということが、自信となり、物(場所)怖じしない人間を作るのではないか?と。確かに、20代後半まで東京に住んだことなかった私は、例えばちょっとしたレストランやホテルに入るにも気後れしましたが、そういうことなのでしょう。比較はできないものの、イーデンにある高校のフォーマルは、近郊のファームストール(「道の駅」のような施設)だったそうですから。

 我々は、またラグビー関係の親たちと一緒に食事をし(この席で冒頭の笑い話あり)、定宿に戻ったのは11時過ぎ。フォーマルも11時までで、隼矢は、予め着替えを置いておいたアンソニーの家に行って着替えた後、二次会のため街に繰り出しました。

 まだ17歳の隼矢は、本来アルコールを供するクラブには入れません。行く前から、「クラブに入れないかもしれないので、一応迎えに来るスタンバイしておいてくれ」と言われていましたが、案の定、12時半頃に電話が入り、街の反対側まで迎えに行きました。彼の他にも数名入れなかったそうです(でも、同じ1学年下のジョージーナさんは入店できた)。

 翌朝10時に、アンソニーの家に着替えをピックアップしに行った際には彼はまだ寝ていましたので、二次会は遅くまで続いたのでしょう。隼矢は二次会に出られず残念でしたが、デイトをみつけフォーマルに出席しただけでも上出来。高校の頃、女子生徒と話すこともできなかった私からすると、羨ましい限りです。

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TBW No.334, 2011.11.28

大学への道

 年が押し詰まりつつあり、今は予算作成中。豪ドル高もあって、数字合わせに四苦八苦しています。会社の予算もさることながら、来年からは隼矢も大学生ですので、家計のやりくりも大変になりそう。

 拓志の場合、南アは生活費も学費もそれほど高くないため、年1回の往復航空運賃を考慮しても、下手すりゃ東京の私立大学に行くより安いかもしれませんが、オーストラリアは別。前にも書きましたが、留学生受け入れが重要な輸出産業に位置付けられるこの国は、そもそも豪州人でも学費が高いのに、留学生となると更に高い学費を取られるようです(拓志も、学費は南ア人の2倍だが、それでも豪州に比べれば安い)。また、生活費も日本並み。1ルームのアパートでも、月に800~1000ドル程度(6~8万円)ですし、外食ベースで生活すると日本より高いコストを覚悟しなければなりません。

 さて、隼矢は、9月中には既に大学に出願しています。4大学の6学部(豪州人の場合は9学部まで出せる)に網を張り、大学入学資格試験(HSC)の成績次第で大学・学部を決めます。出願は、Universities Admissions Centreというウェブサイトにアクセスすると、17大学の中から、最高で9学部まで一挙に出願ができます。留学生扱いの隼矢の場合、費用は$64ですが、オーストラリア人学生の場合は$26ですから(いずれも9月30日まで)、日本に比べれば格安。ただHSCは一発勝負ですから、その点はきついですね。

 これからの日程は、12月中旬にHSCの成績が発表され、その成績が思い通りのものであれば、出願先を変える必要はありませんが、思ったほど良くない場合(良い場合も)は出願先を変更することも可能です。メイン・ラウンドと呼ばれる第一選考結果が判明するのが1月中旬。そこで合格できなかった学生は、出願先を組み替えて、レイト・ラウンドと呼ばれる第二選考(1月末?)に臨み、それでも引っ掛からなかった場合は、ファイナル・ラウンド(2月)に再度出願し直します。ま、それまでには、どこかここかにはもぐり込めるでしょう。

 今週、フォーマルと呼ばれるパーティに出席すると、隼矢の高校生活は本当にお終い。2年前のフォーマルも、ラグビーを一緒にやっている連中が集まって出掛けて行きましたが、今回もまずはプロップ(3番)のコーポー君の家に親と共に集まってプリドリンクし、それからリムジンなんかを仕立てて会場の旧国会議事堂に繰り出す予定です。隼矢も、デイト(パートナー)はいるそうですが、どんな女の子かは話してくれません。着て行くスーツもレンタルし、もう準備万端です。

 高校最後の集まり。大学がどうなるかは別として、人生で一番輝いている時期ですから、存分に楽しんでほしいものです。

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«TBW No.333, 2011.11.21